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旅の日記 4.カンボジア プノンペン 〜生かされるという奇跡〜 |
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ポルポト率いるクメール・ルージュによる大量虐殺。 ポルポトが政権を握ってから、カンボジアの数奇な運命は始まった。 強制労働による飢え、権力闘争による粛清によって、1975年からの4年間で奪われた命は100万人とも200万人とも言われている。 その虐殺の舞台となったのが‘キリング・フィールド’。 到着して1歩足を踏み入れると、異様な光景が飛び込んできた。 大量に積み上げられた頭蓋骨に衣類の山・・・・・。 この場で2万人ともいわれる人達が殺され、埋められたのだ。 まだ掘り起こされていない遺体もたくさん眠っており、大地には人骨や衣服の切れ端がむき出しになって散らばっている。 ・・・・・何という光景だ。 僕はただ、目の前の光景が現実であると言い聞かせる事しか出来なかった。 衝撃を受けたまま、‘ツールスレーン博物館’へ向かった。 博物館とは言っても、ここは刑務所兼拷問用施設として使っていた現場だ。 もともと学校だったところを改造したのだという。 ここもまた凄惨な当時の状態が残されていた。 錆びたベッドに足かせ。 拷問に使われた器具に犠牲者の遺品。 教室を改造して作った独房。 そして衝撃的だったのが収容された人達の顔写真だった。 写真の中には女性や子供のもたくさんあり、皆どこにでもいそうな普通の人達ばかりだ。 今から20数年前ここで数多くの罪もない人々が拷問され処刑されていったのだ。 展示されている写真の中には処刑後の生々しい写真もあった。 その写真に写っている床の模様が、今立っている床の模様と同じだった。 ここで・・・・・そう思うと写真を直視する事すら出来なかった。 【寿夫 2004.7.25 筆】 |
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![]() キリングフィールドにて。 ここで処刑された人達の頭蓋骨。 遺族の事を思うと言葉もない。 |
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